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 東京在住アフリカ人

msnの特集記事で、こんな話題を見つけました。
特集ワールド:東京在住アフリカ人

なんか・・切ないなぁ。

日本って国際的になったけど、実際は外国人の多い東京ですらほんとに交流して理解し合ってるかと言えばそうでもないんだよな。
外国人にとって、日本ってすごく住みにくい国なのかもしれない。
いろんな人種で出来上がってるカナダとは全然違う。

あたしも東京にアフリカ人のいい友人がいる。
彼はすんーーーーーごく頑張り屋さんで底抜けに明るくて、今では日本語もかなり上達して自分のバーを新宿に持つまでになった。
ラブリーな日本人の奥さんもいるし。
以前は仕事探しに苦労してたっけ。
あの陽気な笑顔の下にすんごい葛藤があったんだろうなー。

日本でほんとに心を開いて国際理解が出来る日が早く来るといいなって思う。
人種じゃなくてその人を見なきゃ!

あ、記事のリンクが消えちゃうことを考えて引用文を続きに載せときます

以下引用です!

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特集ワールド:東京在住アフリカ人 日本人は世界のこと、無知すぎる

 ◇でも、随分良くなった

 東京など首都圏には数万人のアフリカ出身者が暮らしていることをご存じだろうか。彼らの言葉に耳を傾けると、もう一つの東京が見えてくる。【藤原章生】

 ◇「対極の文化」難しい理解

 西武池袋線の清瀬駅から歩いて5分。ガーナ出身のコーネリアス・アピアさん(32)は午後10時、6畳2間のアパートに戻ってきた。同僚が辞めて工場が忙しくなり「残業も合わせ15時間は働いている」と言う。

 帰宅の楽しみは妻静香さん(26)と生後3カ月の長男エルカナちゃんの顔を見ることだ。99年に来日したアピアさんは最初の数年、墨田区で豚の解体作業をしながら暮らし、小岩の教会へ日曜礼拝に欠かさず通った。

 ある日、ゴスペルを歌う会に行こうと東京西部まで足を延ばしたアピアさんは、清瀬のファストフード店で静香さんと目が合った。保育士をしていた静香さんも同じ会に行く途中だった。「真っすぐこっちを見るところが良かった」とアピアさんは振り返る。すぐに「愛しています」と交際を申し込むが、静香さんは驚き、拒絶した。「でもその後、電話でひどく謝るので、結構小心者なんだと安心し、つき合うようになった」

 2人は04年に結婚し、アピアさんはハローワークの紹介で今の会社に雇われた。どこにでもいる幸せなカップルだ。「日本は進んだ国と思ってたけど、庶民の生活は大変だね。家は狭いし、きらびやかじゃないし。それに日本って変だよ。どこに行くにも普段着でいい。服装にうるさいアフリカじゃあ、そうはいかないからね」

 2人には心配事もある。静香さんの母は賛成したが、父は今も結婚を許さない。「この子の顔さえ見ない。黒人の子は黒人だなんて言うんです」

 そう話す静香さんの脇でアピアさんは「多いよね、そういう人」と苦笑する。職場でもいじめられる。「同じ失敗をしても、日本人は怒られない。僕らだけ『だから黒人は』って言われる。でも、僕らは日本語読めないから間違うでしょ。社長さんに文句を言っても、いじめを止めてくれない」。仲間が集まると、いつもそんな話になる。よく出るのは古くて新しい問題。電車でアフリカ人が座ると周りに人が座らないという話だ。

 ■笑うしかない

 高校で英語を教えるティムさん(45)=仮名=は、日本暮らしが14年目になる。待ち合わせた王子駅に、緊張気味に現れた。ホームで警官に職務質問されたという。「いつもアフリカ人ばかりが標的にされる。そばにインド人がいたのにおれだけ止められた」と不満そうだ。

 以前、電車でこんなこともあった。隣の女性がティムさんを見ながら連れの男性に「臭い?」と聞く。笑いながら「そうだね」と男。ティムさんが笑いだすと、2人は逃げるように立ち去った。「こんなことをされるのは日本ぐらいだろ。笑うしかない。おれを見て日本語が分からないと思うようだが、想像力がないというか、無知だ」

 池袋でレストランを営む、カメルーン人、ジュディ・アタンガさん(42)も同じ言葉を使う。「日本は治安が最高だけど、人が無知で困る。海外旅行に行っても何も学ばないのか、アフリカ人は皆同じと思っている。勤勉な人たちが、世界や他の民族のことは驚くほど何も知らない」

 随分良くなったという人もいる。下北沢で輸入雑貨を売るナイジェリア人、ガブリエル・ファエミさん(43)は「日本人は変わった」と言う。「90年代初めは道を尋ねても逃げ出す人がいたけど、今そんなことはない」

 「外国人が増えた分、過剰反応しなくなった面は確かにある」と、妻のギニア人歌手、ニャマ・カンテさんと暮らす鈴木裕之・国士舘大教授(41)は言う。「でも深い交流はないから、理解度は変わらない。感情を全身で表すアフリカ人と、それを抑える日本人は文化の両極にあり、相互理解は難しい」

 冒頭のアピア夫妻も時々「文化衝突」する。夫が身内や友人に簡単にお金を渡すのが、静香さんには理解できない。「僕はお金が少しあれば、人を助けたい」と夫は言うが、妻は「うちも余裕ないのに」と困り顔だ。

 ■孤独の中で

 アフリカ人たちは出身国、民族に分かれて教会や繁華街に集まり、情報交換する。少数派ゆえの生きる知恵なのだろう。「理解のある大家さんの多い地」と彼らが言う東京北西部か北東部に固まるが、肩身の狭い思いをしているのは確かだ。

 ガーナ人のセイドゥ・サレイさん(31)は5年前の来日時「本当の孤独を感じた」と話す。外交官の父に「アジア通になれ」とマレーシアに送り出されたが、インド人青年から暴力的な差別を受けタイに移った。「タイ人は優しく、友達がたくさんできた」

 次は日本語をと来日したが、露骨に自分を避ける人々にショックを覚えた。「日本人は僕がいないように振る舞い、インド人よりひどい」。電車で鬱々(うつうつ)としている時、父の言葉を思い出した。「孤独な時は周りを見ろ。必ずおまえを守ってくれる人がいる」。その通りだった。「英語を話せないか、話せても僕に声をかける勇気がない。でも、目を見ると、僕に親近感を持つ人が1車両に必ず何人かはいる。それに気付いたら、心が落ち着いてきた」。以来、日本も悪くない、と思えるようになった。

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